悲嘆のプロセスについて

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ライフサイクルと対処行動

私たちの人生では他者との離別とそれに伴う悲嘆を避けることはできません。

とりわけ身近な人との死別体験は、私達にとって自分自身が死に直面する時と同じくらい大きな試練を強いられます。愛する人(配偶者や子供など)の死に遭うか、家族として死を予期しなければならない立場に立つと、残された人は「悲嘆のプロセス」と呼ばれる一連の情緒的反応を示します。

この「悲嘆のプロセス」を十分に消化し、立ち直ることが出来ればよいのですが、現実的には愛する対象を失ったショックが大きすぎて、悲嘆のプロセスの途中で健康を損なってしまうことがしばしば見られます。最近の心身医学の研究で、このような喪失体験による悲嘆が、ガン、脳卒中、心臓病などの重い病気の引き金になったという実例がたくさん報告されています。

このような悲劇を避けるためには、誰でも避けて通れない悲嘆のプロセスの理解を深め、どういう状態になり、どのような段階を経て立ち直りうるのかなど学必要があります。

上智大学のアルフォンス・デーケンさんは、「死生学」の講義で積極的に悲嘆教育の重要性を強調してきました。彼は、日本や欧米でたくさんの末期患者とその家族、また患者が亡くなった後の遺族たちのカウンセリングに携わった体験から、この悲嘆のプロセスを12段階に分析しています。以下、彼の悲嘆のプロセスについて説明します。


悲嘆のプロセス(アルフォンス・デーケン)


1.精神的打撃と麻痺状態:

 愛する人の死に遭うと、しかもその死が急激であればあるほど、そのショックは大きく、一時的に現実感覚が麻痺状態に陥ります。よく、頭の中が真っ白になって何もわからなくなったと言います。この一時的な情報遮断状態は、心身のショックを少しでも和らげるための生体の本能的な防衛機制と考えられています。従って、普段とてもしっかりしていた人がこのような状態になったからといって精神的におかしくなったわけではありません。一過性の現象であれば全く心配ありませんが、この状態が長引けば問題があります。

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2.否認:

 愛する人の死を感情的に受け入れられないだけではなく、理性も相手の死という事実を否定しょうとします。死ぬはずはない、何かの間違いだ、どこかで生きているのだ、そのうち元気な姿を見せるはずだ・・・など、思い込みます。この現象は、決して頭がおかしくなり、混乱しているわけではありません。相手の死を感情と理性が受け入れられない時期があることを理解する必要があります。

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3.パニック:

 身近な人の死に直面した恐怖から極度のパニック状態に陥ることがあります。これもしばしば見られる現象ですが、一過性であれば問題はありません。


4.怒りと不当感:

 ショックが少し収まると、悲しみと同時に不当な苦しみを負わされたという激しい怒りが生じます。交通事故や急病による突然の死の後では、この感情が強く現れます。交通事故などのように、愛する人の命を奪った相手がいる場合には、加害者に対する怒りが強くなります。また、病死で入院中に亡くなったりすると、その怒りが看護婦や医者に向かうこともあります。いずれにしても、なぜ自分だけがこんな不幸に遭わなければならないのかという不当感がつきまとい、自分にひどい仕打ちを与えた運命や神に対する怒りが表出されることが多いのです。

 逆に、この怒りの感情を外に向かって率直にはき出せず、いつまでも怒りを心の中に留めていると、知らずしらずのうちに心身の健康を損ねてしまいます。したがって、無理に怒りの感情を押し殺さず、上手に発散させることが必要です。

 また、周囲の人も、悲嘆のプロセスの初期に、怒りや不当感を強く感じる時期があることを理解しておく必要があります。この怒りの感情表出に対して、周囲の人が反応してしまうと、本人はますますやり場のない怒りの感情を心の内にいだくことになります。

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5.敵意とうらみ(ルサンチマン):

 周囲の人々や亡くなった人に対して、敵意という形でやり場のない感情をぶつけてきます。特に、最後まで故人のそばにいた医療関係者がその対象となることが多いようです。これは、日常的に患者の死を扱う医療者側と、かけがえのない肉親の死に動転している遺族側との間の感情の行き違いによる場合もあります。最近は、医療事故などが問題となり、医療者側と遺族側との間に信頼関係がしっかり形成されていないと、とりわけ医療者側に不信や敵意が生じやすいようです。

 また、時には故人に敵意が向けられる場合があります。本人の不注意や不摂生が、直接的にか間接的にか死亡原因となった場合には、死んだ人の無責任を責めるという形でやり場のない敵意を表現します。

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6.罪責感:

 悲嘆のプロセスが進むと、自分の過去の行いを悔やみ、自分を責めます。あの人が生きているうちに、もっとこうしてあげればよかったとか、反対に、あの時あんなことをしなければもっと元気でいたかもしれないなど考えて、後悔の念にさいなまれます。

 


7.空想形成ないし幻想:

 空想の中で、亡くなった人がまだ生きているかのように思いこみ、実生活でもそのように振る舞います。たとえば、夫を亡くした奥さんが、夫が亡くなって1年以上も経っているのに、毎晩夫の分まで食事を作り、食卓に並べて9時頃までじっと待っていたりします。また、子供を亡くした両親が、亡くなった子供の部屋を片づけられず、いつ帰ってきてもすぐ着替えられるようにパジャマまで揃えて、何年もそのままにしているということもあります。

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8.孤独感と抑うつ:

 葬儀などの慌ただしさが一段落して、落ち着いてくると、紛らわしようのない独りぼっちの寂しさがひしひしと身に迫ってきます。人によっては、気分が沈んで引きこもってしまったり、だんだん人間嫌いになったりします。これもたいていの人が通らなければならない重要な悲嘆のプロセスです。しかし、この時期が長引いてしまうと、健康を損なってしまいます。周囲の暖かい援助が必要で、早くこの時期を乗り越えることが大切です。


9.精神的混乱と無関心(アパシー):

 愛する人を失った空虚さから生活目標を見失い、どうしていいかわからなくなり、全くやる気をなくした状態に陥ります。これも正常な悲嘆のプロセスの一部ですが、この状態が長引くようだと健康を損ねてしまいます。その場合には、精神科医やカウンセラーなどの専門家の援助が必要となります。


10.あきらめと受容:

 日本語の「あきらめる」という言葉には、「明らかにする」という意味があり、この段階になると、愛する人はもうこの世にはいないというつらい現実を「あきらか」に見つめて、相手の死を受け入れようとする努力が始まります。受容というのは、ただ運命に押し流されるのではなく、事実を積極的に受け入れていこうとすることです。


11.新しい希望ーユーモアと笑いの再発見:

 ユーモアと笑いが再びよみがえってきて、次の新しい生活への一歩を踏み出そうという希望が生まれます。健康的な日常生活を取り返し、愛する人の死を現実の生活から切り離すことが出来るようになります。

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12.立ち直りの段階ー新しいアイデンティティの誕生:

 悲嘆のプロセスを乗り越えるというのは、愛する人を失う以前の自分に戻ることではなく、苦痛に満ちた喪失体験を通じて新しいアイデンティティを獲得することを意味しています。それにより、悲しみを乗り越え、より成熟した人間へと成長することが出来るのです。

 悲嘆を体験する人がすべてこれらの12段階を通るわけでもなく、また、必ずしもこの順序通りに進行するとは限りません。時に、複数の段階が重なって現れることもあり、だいたい立ち直るまで最低1年くらいはかかります。

 悲嘆のプロセスに応じて、適切な援助の手を差し伸べることが大切であり、それにより、悲劇的な体験を創造的に生かして、人間的に豊かな成熟への道を進むことを可能にします。

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更に、「生と死」について、関心のある人は、日本各地に「生と死を考える会」が設立され、活動していますので、そちらに問い合わせて下さい。

「東京・生と死を考える会」

アルフォンス・デーケン教授を会長として1999年に発足。

年一回のセミナー、毎月の定例会、死への準備教育研究会、三つの死別体験者の分かちあいの会などを開いている。

事務局(上智大学内):03-3357-5780
事務局開設時間:月、火、木の10時から16時

  

「生と死を考える会・全国協議会」

アルフォンス・デーケン教授が1982年に日本最初の「生と死を考えるセミナー」を上智大学で開催した。その後、生と死について学ぶ市民の会として日本全国に発展した。1994年からは、「生と死を考える会・全国協議会」が結成され、アルフォンス・デーケン教授が初代会長を務めた。2003年3月から、「兵庫・生と死を考える会」会長の高木慶子英知大学教授を会長として活動している。

事務局:「兵庫・生と死を考える会」神戸事務所内:078-851-2151
事務局開設時間:火、水、金の10時から16時
   

  

「日本死の臨床研究会」

メンバーのほとんどは医師や看護師などの医療関係者。毎年一回、各地で大会を開き、会員が研究発表を行っている。

事務局:淀川キリスト教病院内:06-6322-2250
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参考文献:アルフォンス・デーケン氏の最近刊行された著書「よく生き よく笑い よき死と出会う」(新潮社 2003年9月発行)は、彼が一生かけて切り開いてきた「死生学」の神髄が平易に書かれています。是非一読してください。

アルフォンス・デーケン:ユーモアは老いと死の妙薬ー死生学のすすめ。講談社、1995年第1刷、2002年第12刷。

アルフォンス・デーケン:生と死の教育。岩波書店、2001年第1刷、2002年第3刷。

アルフォンス・デーケン:死とどう向き合うか。NHKライブラリー、1996年第1刷、2003年第21刷。

キューブラー・ロス:死ぬ瞬間ー死とその過程について。鈴木晶訳、読売新聞社、1998年第1刷、1998年第4刷。

キューブラー・ロス:死ぬ瞬間と死後の生。鈴木晶訳、中央公論社、2001年初版。

キューブラー・ロス:死、それは成長の最終段階ー続、死ぬ瞬間。中央公論社、2001年初版。

キャサリン・M・サンダース:死別の悲しみを癒すアドバイスブックー家族を亡くしたあなたに。白根美保子訳、筑摩書房、2000年初版。


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